アメリカのFDAやヨーロッパのEMAなど、医薬品製造を監視する当局は、データインテグリティ(DI)に基づく監視体制を取っています。データインテグリティとは、文書や記録の完全性を保つための仕組みづくりのことをいいます。医薬品製造の世界的標準化が進展するなかで、日本の製薬業界でもデータインテグリティ(DI)に基づく管理体制を構築することが必要になっています。
製薬業界のデータインテグリティ(DI)は、FDAやEMAが提示する「ALCOA原則」や「CCEA」に沿ったデータ管理であることが求められます。ここでは、この「ALCOA原則」や「CCEA」について詳しく説明しています。
ALCOA原則とは、データの完全性(データインテグリティ)を証明するために満たさなければならないとされる要件であり、各テーマの頭文字を取った言葉です。
ALCOA原則は「帰属性・判読性・同時性・原本性・正確性」の5種類の要件からなる原則であり、データインテグリティにはそれぞれの要件に正しく適合することが求められます。
帰属性とは、全てのデータ(記録)に関して「誰が・いつ」作成したのか示されていることを指す言葉です。記録者が誰であるのか、その記録がいつ作成したのか正しく提示されることで、帰属性が担保されると考えられており、帰属性が示されないデータは信頼性が損なわれます。
また、当然ながら記録が修正された場合についても同様です。
誰がシステムへアクセスしてデータを作成・管理しているのか、権限を明確にしておくことが大切です。また、別人がなりすましてアクセスできないように、ユーザーの認証を厳正にしておくことも欠かせません。
記録用紙の原本について、作成者や作成日、承認者などをきちんと記入できる書式を用意しておきます。また、作業者の署名欄を設けて、各担当者へ責任を持たせるとともに偽造を予防することも重要です。
修正時には修正理由も明記しましょう。
判読性とは文字通り、その記録を読んだ際に、きちんと内容について判断・理解できることを指します。判読性のない記録は必要なタイミングで参照することができず、記録としての価値を持ちません。
判読性を確保するためには視認性を高めるだけでなく、分かりやすい書き方や用語を使用するといった配慮も必要です。
関係者がそれぞれ必要なタイミングで求めるデータを参照できるように、インデックスや検索機能を搭載しておくことが効果的です。また、監査証跡についても考慮されている電子システムを採用することが有効でしょう。
乱雑な手書きを止めることはもちろん、判別しにくい文字や記号、コードを使わずに読みやすさを重視して作成します。それぞれのデータに関して記録台帳を用意しておき、スムーズに検索できるように準備することもポイントです。
同時性は、作業の実行と記録の作成が同時に行われていることを指します。同時性のない記録は、作業後にデータを改ざんされている疑いを払拭できないだけでなく、作成者の記憶違いや物忘れなどについてもリスクが高まります。
なお、記録の作成日時と作業日時、修正日時などが正しく記載されていることも不可欠です。
利用しているシステムやソフト、作業用のアプリケーションなどの時刻を正しく設定する他、各システムを同期させておくことも大切です。また、それぞれのシステムを定期的に検証して正確性を維持しておかなければなりません。
作業を行った場所で、作業を行うと同時に記録を作成することが基本です。また、原則として作業者が自ら記録を作成し、署名することも重要です。
記録日時を記入する際には、正しく管理・設定されている時計を確認することもポイントです。
原本性とは、その記録が複製されたものでなく、最初に作成された「原本」であることを証明する概念となります。
なお、トラブルによって書類や記録が喪失する事態に備えて、リスク管理としてコピーを作成する場合、原本と同様の価値を認められる「真正コピー」について作成ルールをあらかじめ策定しておくことも欠かせません。
必要なデータの全てが改ざんされないよう保護しておくだけでなく、メタデータなど一切のデータをしっかりと保存しておくことが重要です。もしもデータを変更・修正する場合、全ての変更履歴をきちんと残しておきます。
最初に作成した記録について、書き換えや改ざんができないように保存されなければなりません。また、真正コピーの作成フローを設定しておく他、真正コピーを作成したデータを悪用されないよう管理することも必要です。
正確性とは、記載されている記録の内容が事実に対して正確であることを指します。正確性のないデータはそもそも記録として信頼されないため、データインテグリティを考える上で正確性は根本的な前提となる部分です。
正確性を適切に満たすためには、事前に作業フローをまとめたり、定期的な検証を行ったりすることが大切です。
定期的にシステムのバリデーションやメンテナンスを行って、システムが正常かつ適切に動作する環境を整えます。リスク管理についてもしっかりと考えながら、常に信頼できるシステムを利用しなければなりません。
作業時に責任者が立ち会って内容の正確性を担保する他、重要な記録についてはダブルチェック体制などを整備して、ヒューマンエラーやデータの不備がないように努めます。照査・承認のフローや権限の設定も重要です。
「CCEA」は、データインテグリティの要件とされるALCOA原則へ、さらに「完全性・一貫性・耐用性・可用性」の4つをプラスした要件です。そのためCCEAは「ALCOA+」と呼ばれることもあります。
つまり、ALCOAとCCEAの全ての要件を満たせるように考えることで、より確実にデータインテグリティの確保を目指すことが可能となります。
完全性は、そのデータに関して必要とされる情報の一切が完全にそろっている状態を指します。データが完全にそろっていれば、そのデータや記録にもとづいて目的の内容を再現することが可能です。
データの完全性を満たすにはメタデータも含めた保存の管理が重要です。
データをアーカイブ化する際には、電子署名や監査証跡などのメタデータも含めて全ての情報を保存します。また、アーカイブのデータやメタデータの完全性を確保できるよう、システムそのものをバリデートしてチェック機能を確認しましょう。
データとしてどのような情報を記録すべきか、まずそのリストや記録手順を明確化しておきます。その上で、記録用紙の誤用や入力ミスを回避できるように、チェック体制を構築しておくことが大切です。
一貫性はデータとして記録されている情報が一貫していて、内容に矛盾や論理的な破綻が生じていないことを指します。記録内容に不備や矛盾が生じている場合、情報の改ざんや入力ミスなどが疑われるため、データインテグリティを確保することもできません。
一貫性を保てるように、必要な情報を、時系列に則って正確に記録しておくことが必要です。
データが第三者からの改ざんやアクセスを受けないように、セキュリティ上の管理体制を適正化した上でデータを保管します。また、情報へアクセスする際は権限者が行うようにして、個人認証やログの保存を徹底することもポイントです。
書類や資料には全て日付や通し番号などを記入し、時系列に従って保管しながら、記録用紙の廃棄や処分に関しても最初に手順を整備しておきます。重要な工程の記録に関しては権限者が照査を行い、不審点を洗い出しましょう。
それぞれの書類や記録にはあらかじめ保管すべき期間が設定されています。永続性は、少なくともその記録やデータが必要な期間、確実に閲覧して情報を参照できるように保管されていることを指す言葉です。
永続性が保たれなければ途中でデータが喪失したり、不完全な状態のデータを参照したりしなければなりません。
サーバーの不具合や自然災害などに備えて、必ず全てのデータについて分散型のバックアップ体制を整えておきます。また、バックアップされている各情報を厳正に管理して、オリジナルデータと合わせて第三者による攻撃や改ざんを予防しなければなりません。
紙の記録が失われる原因は様々です。ヒューマンエラーを防止できるよう、保管手順を明確化することはもちろん、どの程度の期間の保管が必要かも適切に分類します。インクや紙の劣化による判読性の低下にも考慮しましょう。
可用性は、必要なデータに、必要な人が、必要なタイミングでアクセスして正しい情報を参照・利用できるように整えておくための要件です。情報は単に保管するだけでなく、必要に応じて適切に活用できる状態を保持しなければなりません。
目的の情報へスムーズにアプローチできるよう、多角的な検索機能を搭載しておき、各情報のレビューを可能にします。また、監査証跡についてもバリデーションによってコンピュータのチェックを行うことが必要です。
記録台帳の整備や情報管理は帰属性の確保においても重要ですが、可用性を考えるならば情報を見つけて利用するまでのフローも整えておきます。また、類似の書類や記録が紛れないように分かりやすい管理方法も大切です。
データインテグリティ(DI)の要件は、医薬品の安全性を担保するため製造工程のデータを適切に管理するものです。医薬品製造工程で問題が起きた場合、どの工程で問題が起きたのかをデータをもとに追跡することが可能になります。人の健康に密接にかかわる医薬品製造は、「ALCOA原則」など、データ管理にも根拠を求めているといえます。
現状は紙ベースの運用も認められているものの、大変な苦労や管理コストが伴うので、医薬品製造現場における諸問題の本質的な解決のためには、情報が正確に電子化された状態が望ましいと言えるでしょう。当サイトでは、データインテグリティ対応を実現するための適切な手段として、システム導入による電子化・自動化のポイントを特集しています。ぜひご覧ください。