2021年8月の改正GMP省令により、医薬品業界における「製造のデータインテグリティ」対応の重要性が増しています。万が一データインテグリティに違反してしまった場合、どのような影響があるのでしょうか。こちらではデータインテグリティが失われた場合に考えられる影響、リスクについてまとめました。
製薬業界においてデータインテグリティが重視されるのは、患者の安全性を守るためです。たとえばデータの改ざんが起きてデータインテグリティが失われた場合、その改ざんが悪意のないケアレスミスであったとしても、患者に重大な影響や健康被害を与えてしまうおそれがあります。
患者に健康被害を与えてしまうこと、これがデータインテグリティが失われたときの一番のリスクであり、データインテグリティを実行するうえで最も優先順位の高い事項となります。
また、患者に健康被害を与えてしまった場合、また薬を卸している販売会社が損害を被った場合、裁判沙汰となり損害賠償を命じられる可能性が高いでしょう。
Warning Letter(ワーニングレター)とはFDA(アメリカ食品医薬品局)が発出する警告書のこと。重大な規制違反が見つかった場合、また査察報告書による指摘を是正しなかった場合に発出されます。
Warning LetterはFDAのホームページに掲載され、誰でも確認可能。製薬会社としての信用性は当然損なわれますし、最悪の場合は薬の出荷停止、通関の停止なども起こり得ます。実際にアメリカではWarning Letterを受け取ったことで社会的信用が失墜し、収益の下落、株価の大幅な低下が起きることも珍しくありません。
日本では、巨大製薬会社である武田薬品工業が2020年6月17日にFDAからWarning Letterが発行され、話題となりました。2019年に行われた定期査察にて、工場の製造・品質管理体制に不備があると指摘され、武田薬品工業では改善計画を提示しましたが、FDAはその内容が不十分であると判断し、Warning Letterの発行に至ったのです。武田薬品はその工場で生産していたがん治療薬「リュープロレリン」を一時的に生産中止する事態に陥りました。
Non-Compliance Report(ノンコンプライアンスレポート)とは、GMPに適合していない不備が見つかった場合に発行されるもので、FDAが出すWarning Letterと同様に査察結果が報告する声明となっています。
GMP適合証明が取り消されるほか、出荷済みロットの回収を命じられたり、製造承認の変更を求められたり、場合によっては供給禁止が命じられることや、製造承認が取り消されることもあります。
データインテグリティが脅かされていると判断された場合、利用者の安全性を守るため、データインテグリティに違反する該当薬品等の輸入・販売が禁止されます。日本でも厚生労働省が同様の措置を講ずることができます。包括的輸入禁止措置が取られてしまった場合、収益やマーケットシェアの下落、ひいては会社の経営にも大きな打撃を与えかねません。
新薬の申請をFDAに行い、その査察中にデータインテグリティに適合しない事項が見つかった場合、とくに臨床試験でのデータインテグリティの違反が見つかった場合は、審査で使用される申請書類・データ自体が信用できない…とみなされ、承認審査が中止されてしまいます。
悪意がなく、比較的軽いミスであれば修正のうえ、再度承認審査を求めることができますが、悪意のある改ざんや重大な違反が見つかった場合は、この承認審査が中止されるだけでなく、今後新薬の申請すら行えなくなることも考えられます。
上記のとおり、患者に健康被害を与え裁判沙汰になったり、FDAから警告書が発行されたりすると、当然顧客からの信用は失われてしまいます。製薬会社としての社会的信用が失われれば株価は下落しますし、データインテグリティの違反内容によっては会社の存続すら危ぶまれます。
このように、データインテグリティが脅かされた場合、さまざまな損害を被ることとなります。患者の安全を確保するため、そして自分たちの会社を守るためにもデータインテグリティ対応は急務と言えるでしょう。
しかし、なかなかデータインテグリティ対応が進んでいないのが日本の製造現場における大きな課題となっています。
製造現場において自動化・電子化が進んでいないことが1つの要因でしょう。PLC(制御装置)からMES(製造実行システム)へ情報を集積する際、そのあいだをつなぐソフトウェアプラットフォームが導入されておらず、目視でチェックを行ったり、手書きで記録をしたり、人の手によってPCにデータを打ち込んだり、といった手作業での処理が行われているのが、国内の製造現場における現状です。
また、どこから手を付けていいか分からないなど、そもそもデータインテグリティに対する理解・ノウハウが足りないことも考えられます。「古い機材を使用していて既存システムとの置き換えができない」「紙ベースで運用していて、どのようにデータインテグリティに対応していいか分からない」といった悩みを抱えている製薬企業も多いでしょう。
そういった課題を抱えている製薬会社には、SCADA技術を応用したソフトウェアプラットフォームの導入が有効です。GMP関連パラメータに絞った形で、データインテグリティが確保された運用が可能になるうえ、コンピュータ化システムの変更範囲を一部に限定することで、バリデーションにかかる労力も大幅に削減されることになります。